【戦国小町苦労譚-農耕戯画-】お風呂に温泉?戦国時代の入浴事情

現代人ならお風呂に入れるという事は至極当たり前の事ですが、戦国時代では物凄く難易度の高い事でした。

戦国時代に飛ばされた静子も温泉を見つけるまではお風呂事情に悩まされます。

そこで今回は戦国小町苦労譚における温泉や風呂について見ていきましょう。

戦国時代のお風呂

お風呂に浸かることを夢に見る静子

引用元:戦国小町苦労譚-農耕戯画-

戦国時代のお風呂は今の様なザブンと湯船につかるタイプのものでは無く、主に公家間で流行っていた蒸し風呂が主流だったようです。

これはお城の中にお風呂の形跡が残されていないのも、湯船に浸かる文化が広まったのがもっと後の時代になってからだと考えられます。

しかし、有名な温泉地の武将たちは武功を挙げた者に対して、褒賞として温泉への入浴の許可を与えていたと記録が残っているので、お湯につかる気持ち良さはいつの時代の人も等しく一緒なのでしょう。

そんな、お風呂の無い時代に飛ばされ静子は「お風呂に入る夢」を見てしまうぐらい辛い状況だったに違いありません。

温泉を愛する武将

日本列島には沢山の温泉がありますが、武将たちは一体どのような温泉を愛し、活用していたのでしょうか。

武田信玄

武田信玄について語る静子

引用元:戦国小町苦労譚-農耕戯画-

温泉好きで有名な武将といったら武田信玄が思い浮かばれるかもしれません。信玄公の隠れ湯という物を聞いたことがある方も多いと思います。

武田信玄の隠し湯は関東近県に30か所以上も存在し、長野県にある渋温泉も信玄の隠し湯の一つで千尋の神隠しのモデルにもなったと言われている旅館がある事で有名です。

渋温泉は川中島の合戦で傷ついた兵士たちの療養に使われたと伝えられています。

その他にも武田信玄は居城の近くの温泉をよく利用していたと言われ、持病の胃痛の改善に努めていたようです。

武田信玄は静子の主でもある織田信長とは外交上は友好関係を結んでいました。

友好関係に亀裂が乗じた後も直接的な対決をする事は一度もありませんでしたが、武田信玄と織田信長の物事に対する考え方は、信玄の保守的な思考と信長の改革的な思考とでは真逆ともいえるので決して仲が良かったわけでは無さそうです。

漫画の方でも信長が静子に「武田信玄について知っている事を話せ」と武田の情報を聞き出そうとしているぐらいですから、余りいい感情は持っていなことが伺えます。

上杉謙信

上杉平三輝虎(上杉謙信)

引用元:戦国小町苦労譚-農耕戯画-

武田信玄と並んで温泉が好きで有名なのが上杉謙信です。

上杉謙信は織田信長とは甲信越の覇権を争うライバル関係でありましたが、武田と織田の関係が危うくなると同盟関係を結びました。

上杉謙信は武田信玄や北条氏康とよく合戦をしていましたが、小田原城に行軍するルートに日本三大薬湯の一つである松之山温泉があり、この温泉に上杉謙信が浸かって行軍の疲れを癒したと言われています。

他にも謙信は越中に行軍する最中に脚気にかかり(実際に脚気かどうかは不明)、歩く事すら出来なくなった時に、夢枕に立った老人からのお告げにより、温泉を掘り当てその温泉に浸かる事で脚気がよくなったと言われている逸話も。

その温泉は生地温泉といい今でも上杉謙信が発見した温泉として有名です。

漫画の方では、静子の活躍により織田領が異常な発展を遂げていると諸国に広まりだした時に一瞬出てきただけですが、信長が全国を統一するにあたってどうしても避けては通れない人物なので、今後絡んで行くのではないでは無いでしょうか。

浅井長政

長政とお市の方の子を抱く織田信長

引用元:戦国小町苦労譚-農耕戯画-

信長の妹のお市の方の旦那さんで、史実では織田を裏切り信長を窮地に立たせる人物ですが、静子の起点により裏切りを阻止する事ができました。

浅井長政の居城の近くに須賀谷温泉があり、そこに夫婦そろって湯治によく通っていたようです。

奥方のお市の方は特別何か重大な病気やケガをしたわけではないので、温泉の効能が神経痛、筋肉痛、肩こり、冷え性、疲労回復等となっていますので、現代の女性もよく悩まされている、肩こり、冷え性等を治していたのかもしれません。

浅井長政はどの作品においてもアッサリ死んでしまう脇役のような扱いを受けることが多いですが、歴史的にはかなり重要な人物。

どれ位重要なのかと言いますと、織田信長の生き死にに関わる位重要です。

この作品では長政は裏切らずに生き抜く事になりそうなので、本来お市の方やその子供たちに起こる悲劇が長政が生きている事によって全て無くなるので今後の展開に注意が必要になりそうですね。

織田信長

静子の作った温泉を堪能する織田信長

引用元:戦国小町苦労譚-農耕戯画-

静子の主でもある織田信長ももれなく温泉を愛していました。信長の勢力下にある下呂温泉がその一つです。

戦続きで湯治に行く暇も中々得られなかった信長ですが、この下呂温泉には湯治に訪れたという記録が残っています。

下呂温泉は、1000年以上の歴史を誇る古い温泉で、白鷺伝説という逸話があるほどです。

1265年に突如温泉が出なくなってしまったところ、飛騨川の河原に舞い降りる白鷺を発見した村人が不思議に思いその場所に行くと温泉が湧き出ていたと伝えられでいます。

静子の発見した温泉も元をたどれば、動物であるヴィットマンが見つけた源泉ですし、信長はその温泉に暇を見つけてはよく入りに来ていたようなので、もしかしたら、静子の村は下呂温泉から白川郷の間の地域がモデルになっているのかもしれませんね。

戦国小町苦労譚に登場する温泉や風呂事情のまとめ

今回は漫画の方で地位が確立していて、織田信長と縁の深い武将にのみ注目してみましたが、豊臣秀吉は妻のねねとよく有馬温泉に出かけていたとか、信長の部下で松坂商人の生みの親である蒲生氏郷は風呂の炊き出し自らをして部下をねぎらったとか、作中あまり出てこない方々にもそういった逸話が残されています。

戦乱の時代では生傷が絶えなかったからこそ、温泉での湯治が重要だったのでしょう。

みなさんも武将の愛した温泉に一度浸かってみてはいかがでしょうか。